住み替えは、トントン拍子に進んだ。
新しい物件を探すのも、四つほど見学して消去法とインスピレーションで一つに絞った。
それまで三十五年間暮らした家は、山と湖に挟まれた夕陽の美しい地にある。車が無いと何処にも行けないけれど、若い頃は何の不便も感じなかった。買い物も父母や義父母の家も、娘たちの通学も当たり前に車やバスを使った。
それが、年が増えてくると運転が少しずつ億劫になり、身体への負担も顕著になってきた。
だから、住み替え先の条件は歩いて用の足りる場所。これから先を考えて、スーパーと病院に困らない町に決めた。
決めてから引越しまで半年あった。
新しい家は面積が三分の二になるので、少しずつ少しずつ持ち物を減らしていく。着ない服、使わない布団、食器、家具…。捨てられない大切なものと、必要なものだけをダンボールに入れて持っていくことにする。初めは順調だと思っていた荷造りもだんだんごちゃごちゃしてくる。
引越しを終えてすべて収めたはずなのに、今だに爪切りや認印などは見つからない。
そしてまだまだ、他人の家に居るような余所余所しさを感じる。
でも、何より嬉しいのは、リビングから空が見えること。
以前の家は三方を住宅に囲まれていたので、お日さまも星も月もあまり見えなかったのだ。
その家で三十五年間、一人で仕事もした。才も知も無い自分が、悩んで悩んで考えて考えてぐるぐる回りながら何とかやってきた。
それも引越しを機に終わりにした。
とりあえず、今は休養。
時計を忘れてゆっくりしよう。
日々空を見ながら、自分の体と気持ちを優先して暮らしてみよう。よく頑張った自分を労わろう。そして、少しずつ我儘を通してみようなんて、調子の良いことを考えている。