not too late

音楽と本と映画と日々⑅︎◡̈︎*

向田理髪店(奥田英朗)

北海道の小さな町。

過疎化高齢化の進む地に暮らす人たちの心情やさまざまな出来事が描かれた連作集。

六編それぞれが完結するたび、ほわっと心あたたまる。

 

親をみるため町に残ったりユーターンした五十代。生まれ育った故郷の町おこしに情熱をかける二十代。

それぞれの世代の夢と現実が、時に反発し合い時に混ざり合う。

 

もう三十年ほど前だろうか。

母系の祖父が亡くなって、五人の兄弟姉妹が集まった日を思い出した。祖父は山に囲まれた盆地にある小さな町に住んでいた。戦後の暮らしは貧しかったようで、母を含めた四人の娘や息子たちは学校を卒業してすぐに他県に働きに出て、長男だけが地元に残った。

実家でお酒を飲みながら、亡くなった祖父の思い出話をしていると、故郷を離れた四人がそれぞれの苦労話をし始めた。

まだ若かった私も輪の中に入って聞きながら、母も叔父も叔母も身体一つで苦労したんだなぁと感心していると、長男である叔父が

「おまえらは良いよ」

ぽつり呟いた。

「長男のオレはここに残りたくて残ったんじゃない。自分にもやりたいことがあったんだ」

 

その言葉は、一人娘の私に痛いほど響いた。

私もやりたいことがあったけれど、他県には出さないと言う母の猛反対で諦めたばかりだったのだ。

 

人生は儘ならない。

この小説の中にもそんな想いが沢山ある。そして、それを優しく溶かす熱い想いも描かれている。変わりゆく世相の中で、人生はそんなに悪いことばかりじゃないとおしえられる。

 

奥田英朗さんの作品を読むのは初めて。

今まで読んだことのない文章が新鮮で愉しく、まだまだ続きが読みたくなった。

 

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