年始に娘から
「お母さん、ベージュと黄色のマフラー持ってるよね。アレ、ちょーだい」
サラリと言われた。
あれはダメ。とても気に入っているの。
そんな会話を、昔したことを思い出す。
学生の頃、アルバイト先で二つ年上の男の子が巻いていたマフラー。赤とベージュとカーキがとても好み。
「そのマフラー、ちょーだい」
「だーめ、これはカワイイ子にしかあげないの」
彼は楽しく穏やかな人で、休憩が一緒になると二人で散歩したりコーヒーを飲んだりした。まだ若くて厚かましかったから
「私と付き合って」
「だーめ、僕はメンクイだから付き合えない」
なんて笑った。
そのうち、お互いカノジョとカレが出来て、私はアルバイトを他のカフェに変えた。
一年後の春、いつも通りカフェに入ると店長が
「知らない男の子が来てこれを渡してほしいって」
紙袋を私に差し出す。
開けてみると、あのマフラーが入っていた。
彼は大学を卒業して遠い故郷に帰ることになり、マフラーを届けに来てくれたのだ。
彼との交流はそれが最後、私も大学を卒業して就職して数年後に結婚。冬になるたび首に巻いたそのマフラーはいつしか箪笥の引出しに仕舞われた。子育てと仕事と家事に明け暮れ十年もあっという間のある日、衣類の整理をするため引出しの中をひっくり返すと、懐かしのマフラーが出てきた。
もういいかな…
ふと、そんなことを思った。
紙に綺麗に包んで少し別れを惜しみ、処分した。
それからほんの数日後、昔のアルバイト仲間の一人からメールが届く。
突然の訃報だった。マフラーの彼は、バイクに乗って通勤中の交差点で車と衝突したそうだ。
そして、奥さんと幼い子ども達を残してそのままこの世から居なくなってしまった。
なぜマフラーを捨てたんだろう。
なぜ置いておかなかったんだろう。
彼の気持ちを踏み躙ったような気がしてとても悔やんだ。
今になって、あの時マフラーを捨てさせたのは彼だったのかなと都合の良いことを考えてみる。彼が亡くなった後では、私はもうそれを一生持っておかなければならなくなっただろう。いつかは処分しなきゃいけなかったのだ。
人生は、出会いがあれば必ず別れがあって、生まれれば必ず死が待っている。当たり前のことだけど、日々暮らしていたらそんなこと忘れてしまう。そうやって色んなものを手放して、いつか、思い出だけをたくさん抱いて私も消えちゃうんだものね。
また、新しいお気に入りのマフラーが見つかったら今のは娘にあげよう。
でも、草臥れたらサッサと処分しておくんだよ。