not too late

音楽と本と映画と日々⑅︎◡̈︎*

120%COOOL (山田詠美)

休日の朝、一人で山田詠美の『120%COOOL』を読む。

止まず湧き出てくる美しい言葉にため息が漏れる。

 

お昼は友人に誘われてランチ。

経済や歴史を好きな彼女が、最近読んだ本の話を聞かせてくれる。

「貴女は最近何を読んでるの」

と訊かれて、120%COOOLと答えたら、私も読んでみようと言っていた。

 

実際に彼女がこれを読んだらどんな感想を持つだろう。

よく分からなかったとか、貴女らしいと笑うかもしれない。

もし、彼女が目を輝かせて

「素敵だった」

と言ったら、私は今以上に彼女と近づける気がする。

 

思いが交錯し、重なり合うひと時が、いったい誰に証明出来るだろう。それらはすべて甘い錯覚ではないのか、と私は思うのだ。二人の違う肉体を持った者同士が、ひとつになれるわけなどないように思える。

共有出来るものがあるとしたなら、二人で過ごす時間。それのみにつきるだろう。

 

今、在ること。

今、有るもの。

今、居る場所。

 

ストーリーを読むのではなく、ベッドの上を読む。

欲情も劣情も書きながら、決して下卑ず浮つかず、人生の機微まで教えてくれる。

この短編集自体が、120%COOOL。

 

 

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ひとり紅白歌合戦2013 (桑田佳祐)

サザンオールスターズのライブチケットをエントリーして、結果待ちの日々。

車の中で『第二回ひとり紅白歌合戦』のDVDを観ている。

ひとり紅白歌合戦は、桑田佳祐がAAAのため開催しているライブで、昨年第三回で最後となった。昭和歌謡を中心に最近の曲までを55曲すべて一人で歌っている。

 

これを聴くと、ほとんどの曲が歌えてしまう。

そして車から降りても、その日の夜まで翌日の朝まで懐かしい曲が頭の中を流れる。

昨日は中村晃子の『虹色の湖』を口遊み、一昨日は由紀さおりの『手紙』、オックスの『スワンの涙』、風の『22才の別れ』、坂本九沢田研二中島みゆき槇原敬之aiko

 

助手席に乗った同い年の友人が、あー桑田佳祐だ、今また昭和歌謡がブームらしいねと話したけれどあまり興味は無さそう。

私みたいに一緒に歌ったりしない。

 

そう言えば、原坊(原由子)が子どもの頃、実家の天ぷら屋さんの二階で一人、ずっと歌謡曲を歌っていたと聞いたことがある。

私も子どもの頃、母の小料理屋の二階で一人、ずっと歌謡曲を歌っていた。ときにはいしだあゆみになり、時には奥村チヨになりきり。

そんな子供時代も影響されているのかもしれない。

 

今朝も桑田さんの昭和なダンスを真似ながら、

しーんでもあなたと暮らしていたいと…

なんて口遊んでいる。

 

昔が良かったなんて言わない。

美しい思い出ばかりじゃあない。

でも、良い曲はたくさんあったよね。

 

 

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でーれーガールズ (原田マハ)

年末年始は、皆の笑い声やお喋りをBGMに、ただただ動いてやるべきことをする。

私も皆とのんびり遊んでいたいけど、なかなかそうはいかない。

今年はいつになく、不穏な出来事もあり、気持ちに少し傷が出来た。

そんなお正月三が日が終わり、ようやく一人になった日、好きなカフェと本屋をハシゴ。

やっぱり、ひとりで好きな空間にいるのが幸せ。

 

本屋で古書を見ていたら、原田マハの『でーれーガールズ』があった。

ずいぶん前から気になっていたのにまだ読んでいなかったので、すぐ手に取った。

 

家に帰って、一人ソファに座って読む。

あーなつかしい高校時代。

空を見上げて、風が吹いて、いろんなことに憧れて、ワルいこともやってみて、悩んで、ふざけて、笑っていた頃。

あの橋の上で、あのスクールバスの中で、あの喫茶店で、あの人のバイクで。

 

今思えば、"恋ごっこ"や"夢ごっこ"をしていたんだなぁと思う。

付き合った人もいたけど、付き合ってみたかっただけ。

小学生の時からデザイナーになりたくて、高校三年には美大受験のデッサンや色彩構成を習いに塾へも通ったけれど、デザイナーにはなっていない。

 

すべて夢の中だったような気がする。

 

『でーれーガールズ』とは高校は違えど、よく似た女子校環境。

大人になって思い出すあの刹那いかおりは、皆んな同じなのかもと感じた。

そして、あまり好きではなかった方言が、かわいくて愛おしくなった。

自分の故郷も悪くはないと、何処ともない空を見上げてみる。

 

 

 

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ボヘミアン・ラプソディ

昨年末、友人に誘われて、映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観た。

そのとき彼女はすでに2度目で、翌週また一人で3度目を観に劇場へ出かけたらしい。

実を言えば、私はクイーンをあまり聴いたことがなかった。だから、クイーンへの愛着とか曲の知識も無くこの映画に出会った。

ラスト場面で隣の席の友人は泣いていたけれど、私はよくわからないままで、ロジャー・テイラーを演じたベン・ハーディが素敵だなぁ…とか考えていた。

 

それが、三日過ぎ、一週間過ぎ、半月経ち、頭の中で色んな場面や台詞や曲が蘇ってくる。

フレディの孤独が、少しずつ自分の中で反芻される。

あの場面の揺るぎない言動、社会的な偏見の中で生きる苦しみ、ルームランプの点滅、雨の中の勇気ある優しさ、どんな彼であっても受け入れる繋がり、家族とは血縁だけではないんだという認識…。

 

あの映画の中には、いろんなことが詰まっている。

それは、現代の社会の中で生きていくことにも結びつく。

もし、どこかの劇場で再び公開されたらもう一度観に行きたいなと、今さら思っている。

 

 

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今年の漢字

私は「抱」です。

悲しみを抱いて、苦しさを抱いて、愛おしさを抱いて。

可愛さを抱いて、悔いを抱いて、沈黙を抱いて。

抱いて、抱いて、抱いて。

 

四月には、父を抱きしめた。

子どもの頃から、父に抱かれた記憶はなく手を繋いだのもほんの数回。

逝く父を両手で抱きしめて、ありがとうを言った。

 

迷う自分を抱きしめ、孤独を抱きしめ、人の優しさに抱きしめられ。

 

今年もあとわずか。

 

皆さま、今年も抱きしめてくれてありがとうございました。

どうぞ、良いお年をお迎えください。

 

 

 

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そっとおやすみ (布施明)

娘が観ている音楽番組を何気なく見ていたら、突然、布施明が出てきた。

松崎しげると一緒に『君は薔薇より美しい』を歌っていて、二人の歌唱力に圧倒されながら、早く早くと慌てて出窓に置いてある母の写真を取りに行く。

 

母は昔から布施明が大好きで、テレビに出るたび両手を合わせてウットリ聴いていた。

「あーオトコマエだわ。歌も上手いし。お母さんはどうしてお父さんと結婚してしまったんだろう」

なんて独りごちていた。

 

そんなわけで、子どもだった私も知らず知らず布施明を聴いていた。

中でも『そっとおやすみ』は大好きで、一人ぼっちの部屋で背中のボタンに手を回す美しい女性を想像したりする。

 

最近、以前より自分が元気になっているような気がする。

自覚なく人と朗らかに接していたりする。長くおつきあいしている美容師さんからも

「元気になったねぇ」

なんて言われる。

女がこの年齢になって元気になるという話はよく聞く。

からだも心も足枷が取れてきて大らかに、悪く言えば図太くなるのかもしれない。

元気は嬉しいことだけど、ちょっとだけ寂しいことでもある。

 

元気になるというのは、孤独の準備。そして、色気との乖離。

背中のボタンを留めてくれる人も要らなくなるのは、なんとなく嫌だな。

 

母の写真をテレビの布施明に向けて一緒に聴きながら、ほら見えてる?聞こえてる?と訊ねたら胸が熱くなった。

なにかが足りない。なにかがちがう。

それでも、今日も元気。

 

 

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IN/SECTS magazine

冬の寒さは好きじゃないので、師走に入ってもなんとなく緩い気候はありがたい。

日々の反省は、午前中の時間の使い方。

6時に起きて、8時過ぎには家族を送り出す。その間に、食事を作り、食べた食器を洗い洗濯機のスイッチも入れる。

一人になったそこからがイケナイ。本とスマホと新聞がイケナイ。手帳もイケナイ。

洗いあがった洗濯物を干している途中で本を読む。

散らかった部屋を片付けているはずなのに、思いついてスマホを見る。

化粧をする手を止めて立ち上がり、カレンダーと手帳を合わせ見る。

もう11時。

仕事のメールの返信を書く。そうそう、あの部屋の窓を開けておかなくては。

そうそう、髪を巻かなきゃ外へも出られない。

友人から電話で長い愚痴を聞く。くるしい。

別の友人から映画に誘われる。うれしい。

そして正午。だめだわ。

 

近くの書店で、『IN/SECTS』という本に出合った。

小さくて薄い本にしてはちょっと高価だなと感じたけれど、これがとても興味深い。

How To Make a 'good shop'が、ギッシリ詰まっている。

「いいお店」って何だろう。

お皿の上だけ、商品だけ、つまり結果だけを求めて店を訪れるよりも、きっと有意義な時間になるんじゃないだろうかと

本を置いて、もう一度返信メールを開ける。

さっき急いで書いた四角四面の文面を、すこーしやわらかく書き換えよう。

相手の人のお顔を想像しながら…と、思い直せるようなmagazine。

 

 

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