not too late

音楽と本と映画と日々⑅︎◡̈︎*

Falling in love

街の中は、もうクリスマス。

広場には大きなツリー。流れる音楽もディスプレイも、季節を急かす。

まだ早いでしょと横目で見ながら、そんな光景を見るといくつかの映画を思い出す。

その中の一つが、ロバート・デニーロメリル・ストリープの『恋におちて』。

 

今の風潮では目の敵にされるタイプの恋だけど、この映画が上映される頃はちょっとしたブームだったらしい。日本でも、この映画に触発されたドラマや曲が人気だったりした。

ただ、この映画を観るときは、良いとか悪いとかよりも"恋"に帰るような気がする。

 

クリスマス・イヴの夜、ニューヨークの書店でぶつかってお互いの本を落としてしまう。そんな出会い。

もっと逢いたい、もっと話したい、もっと触れ合いたい。でも、戸惑いに揺れる。

少年少女の物語のような純粋でせつないシチュエーションなのに、二人の大人がなぜか似合っている。

 

「なにもなかった」「よけい悪いわ」

 

という台詞は有名で、これが純愛なんだろうなと感心してしまう。

 

クリスマスまであとひと月。

賑やかなのも楽しいけれど、一人の夜にこの映画を観て、ちょっとだけロマンティックな気持ちになるのもいいかもしれない。

 

 

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日本の女(向田邦子)

先日、初めて"焼き鳥屋"へ行った。

夜に仕事を持っていると、夜に出かけられない。

なんとなく出難く、しかもお酒を飲まないので余計に機会も無い。

だから、焼き鳥屋も初めて。

そのカウンター席で、黒い厚みのある角皿に焼きたてを置いてくれる。

熱い熱いと言いながらホクホク食べては、串入れに串を落とす。

笑ったり泣いたりしながらお腹も気持ちも満たされる。

中でも、ミニトマトに豚肉を薄く巻いてタレで焼いた串がとても美味しかった。

普段あまりミニトマトを食べないのに、その香ばしさが忘れられなくて、家で再現してみる。炭火が無いのでフライパンで焼いたけれど、なかなか良い味に出来た。

 

向田邦子の『男どき女どき』には、小説とエッセイがある。

中の「日本の女」というエッセイが好き。

向田邦子のお母さんとお祖母さんが、たまの外食をしたときの話。

昔は、女の人が外でごはんを食べるのは贅沢だったようだ。

そんな滅多に無い外食をしたとき、注文していない間違えた料理が出される。それでも黙っていただく。

 

人前でものを食べることの恥ずかしさ。うちで食べればもっと安く済むのに、といううしろめたさ。ひいては、女に生まれたことの決まりの悪さ。ほんの一滴二滴だがこんな小さなものがまじっているような気がする。

 

女だって外食も出来る時代になった。女も男も平等に認められることが増えてきた。

それでも、女にしか出来ない喜び、女にしか出せない悦びもある。

それもだいじにしたいなと、このエッセイを読むたび思い出す。

 

 

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股旅 (奥田民生)

何年経っても手離したくないアルバムがいくつかある。

そのうちの一つが、奥田民生の『股旅』。

日々の生活から離れて旅をするのは、人の憧れ。

見たいもの、聞きたいこと、感じたいもの、食べたいもの、逢いたい人、喋りたい、体験したい憧れ。

  道祖神の招きにあひてとるものてにつかず…

と、昔の人も書いている。

 

久しぶりに二泊の旅が出来た。

それは、子育てや介護が楽になったからでもあるし、歳をとって少しだけ放っておいてもらえるようになったからかもしれない。

同行した友と、旅先の優しさに心あたためて嬉しい旅になった。

 

最近、"繰り返す暮らしの中で小さな楽しみを見つけるのが素敵" という傾向がある。

毎日を丁寧に暮らそう、慈しみを持って生きよう。

それはとても大切なこと。

 

でも、やっぱり私は我儘なのだろう。

  どけどけどけそこどけ

なのだ。

  さすらいもしないで このまま死なねえぞ

なのだ。

 

まだまだ楽しみ方がわからない。体力も行動力も足りない。

いつかはもっと自由に、一人旅をしたいな。

 

 

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4 Unique Girls

山田詠美の小説はいくつか読んでいても、エッセイはあまり読んだことがない。

『4 Unique Girls』は、ある女性誌の巻頭連載エッセイをまとめたもの。

こんな形で"山田詠美ソウル"を堪能できるなんて思わなかった。しかも、この年齢になったそのアタマの中を、心の在り方を。

 

帯には「内面から美しくなる"いい女"指南」と書かれてある。

でも、これはよくある指南書とは異なっている。

解説に瀧波ユカリさんが書いているように「マイルド説教」ではない。

年齢、洗練、お洒落、女友達、ただならない人、正しい謝り方、無礼者、セレブ考…

63の話を、説教するでもなく感じたままに綴っている。

読んでいると、アッサリとしたお喋りを聞いているようで気持ちいい。

 

山田詠美の小説のイメージとはまた違うようだけど、たとえパンプスのままベッドに上がろうと、ビスチェの隙間から何を見せようと、甘い罪を重ねようと、決して下品にならないのは同じ。

それはたぶん、小さなマナーや気遣いをあたりまえに身に付けているからだろうとわかる。

 

ところで、自分の人生の主役であるのを堪能することは、親しい人々の人生の脇役であるのを楽しみ尽くすことでもある。

 

此処に辿り着けるなんて、素敵な人だな。

 

 

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世界の果てまで ( 山下達郎 )

少しずつ気温が下がっていく。

あんなに暑かった日々が嘘のように、長袖を着て靴下を履く。

きっともうすぐ、木々は紅葉して渡り鳥もやってくる。

そんな季節になると、山下達郎が聴きたくなる。

たくさんの曲があるけれど、『世界の果てまで』が一番好き。

これを聴くと、ああ冬が来るんだなぁと思う。

 

寒い季節にはあたたかいものが恋しくなる。

食べ物なら、鍋とかシチューとか。洋服なら、ウールやファー。

そして、人恋しくなるのもこの季節。

 

  どうして こんなに せつない気持ちにさせるのあなたは…

 

せつないのは苦しいけど、やっぱりせつなさを忘れたら人はトゲトゲするような気がする。せつない気持ちが無くなったときが、恋も消滅するとき。

月を仰いだり、風を聞いたり、夕陽を見たり、自分を抱きしめたり、誰かに抱きしめてほしかったり。

そんな想いを胸に、日々を過ごす。

 

  季節は必ず変わるよ 気付かぬほどに少しずつ…

 

あたたかい想いが、届きますように。

 

 

 

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サヨナラ、学校化社会 (上野千鶴子)

もう二十五年間同じ仕事をしているけれど、やりながらいつも疑問ばかり感じている。

仕事の時の自分の言動が、自分の考え方に合っていないのがわかる。

それでも、決められた社会のルールに乗らなければ仕事の目的が果たせないので、違和感との折り合いをつけながらやっている。

 

大学を卒業する前、高校の恩師に「うちの高校で働く気があれば来てもいいよ」と言われたことがある。

恩も顧みず、すぐにお断りしてしまった。

 

学校という社会の中で、私は決して仕事が出来ないとわかっていたので、一般企業に就職をした。

だけど、その一般企業でも、私は違和感ばかり感じていた。

早くに会社に見切りをつけ、ちょっとしたことがキッカケで今の仕事を一人で細々と続けている。

 

雑誌に紹介されていた上野千鶴子さんの『サヨナラ、学校化社会』というタイトルを見つけたとき、ここに答えがあるような気がしてすぐに注文した。

 

読んでみて、答えは見つかった。

そして、方法もいくつか教わることができた。

でも、私の力で何も変えることは出来ない。

 

出来るのは、数字だけで判断しないように。

好き嫌いで分けないように。

アタマが良いとか悪いとか、そんな言葉はこの世に存在しない。

皆んな、宝物だからね。

 

 

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ドラマで始まる恋なのに(サザンオールスターズ)

秋になると聴きたくなる曲の一つに、サザンの『ドラマで始まる恋なのに』がある。

これは、1996年に発売された12枚目のオリジナルアルバム『Young Love』に収録されている。

その後、なぜか『バラッド』などのベストアルバムにも収録されず、ライブでもたぶんまだ一度も歌われていない。

こういう曲を"レア"と言うのだろうか。

 

長く活動を続けているどのアーティストにも、こんな風に、たった一つのアルバムでしか聴けない曲があるんじゃないかと思う。

 

その曲が秀逸で、何年経っても好きで、聴くたびに心切なくなる。

可愛い睫毛の先まで恋焦がれてたひと。

死ぬ程愛してせつない言葉で抱きしめたひと。

あの夏の恋が思い出に変わる…

 

今日は、少し遠くの友人の家まで車を走らせた。誕生日のお祝いにランチをご馳走になった帰り道、いつもは通らない農道を走る。

頭を垂れて風に揺れる稲穂や、薄い秋雲が重なる澄んだ空を見ながら、この曲を聴いた。

 

ふと、サザンのライブ限定曲の歌詞が頭に浮かぶ。

  

   あの日から何度目の夏が来ただろう

   出逢ったり別れたり繰り返し

   美しい思い出も大切だけど、人生はこれからを夢見ることさ…

 

来年の秋もまた『ドラマで始まる恋なのに』を聴きたくなると思う。

その時、新しい思い出を一つ積み重ねていられたら嬉しい。

 

 

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