読み終えた本は、手元に置いておくか手離すか決める。手離すものは近所の本屋に持って行く。古本と新書を扱うその店には、いつも穏やかな空気が漂っている。
友人から、本を買取ってくれるところはないかと訊ねられたので、その店を教えた。
数日後、彼女から電話があり
「買取り価格が安いからもう少し考えますと言って帰って来た」
とのこと。
私は今まで買取価格を気にしたことがなかったので、その言葉に少し驚いた。自分の頭の中で、本とお金がまったく重ならないのだ。
『昔日の客』は、東京・大森にあった古書店「山王書房」の店主である故関口良雄さんが書いた随筆集。発行部数わずか1000部で入手困難になり、夏葉社によって32年ぶりに復刊された。
著者と作家やお客さん達との交流から、古書店の日々が見えてくるような興味深いお話ばかり。読んでいると、なぜか懐かしさを感じてあたたかい気持ちになる。
あー、名著と言われる所以だと納得させられる。
「古本屋というのは、確かに古本というものの売買を生業としているんですが、私は常々こう思っているんです。古本屋という職業は、一冊の本に込められた作家、詩人の魂を扱う仕事なんだって。」
私が「本とお金が重ならない」と思うのは、たぶんこれだ。もちろん、商売はお金が付き物で、関わる人達の生活の糧となる。対価が無ければ困るし遣る瀬ない。大型書店に平置きされる「売れる本」も無ければならない。
でも、良い本には魂がある。
安い、高い、じゃないような気がする。
難しい本も読めないし大した読書家でもないけれど、魂を扱う本屋が私は好きだ。そんな店に居ると気持ちが和む。
『昔日の客』がこんなに懐かしいのは、もしかすると父の書棚にあったのかもと思ったりする。実家に遺された大量の古書もすべて近所の本屋に持って行った。快く引き取ってくださり、それぞれの本に纏わる話も聞かせてもらえた。此処でまた、父の本が誰かの手に触れるとしたらとても嬉しい。
関口さんの古書店は無くなったけれど、同じような本屋が日本から消えないことを、ただ願うばかり。