not too late

音楽と本と映画と日々⑅︎◡̈︎*

古今和歌集仮名序(紀貫之)

先日久しぶりに、古今和歌集の仮名序を読む機会があった。

 

やまとうたは、人のこゝろをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。

 

(和歌は、人の心をもとにして、たくさんの言葉になったものである。)

 

よの中にあるひとことわざしげきものなれば、心におもふ事を、みるものきくものにつけていひいだせるなり。

 

(この世の中に生きている人は出来事が多いものだから、心に思うことを、見るもの聞くものに託して言い表しているのである。)

 

はなになくうぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける。

 

(花に鳴く鶯や、水に住む蛙の声を聞いたら、生きているものすべてに歌を読みたくなるだろう。)

 

先日、「せつないとか恋しいとか悔しいとか…そんな複雑な感情って言葉に出来ない」という記事を読んだ。

ほんとうに、自分の気持ちを言葉であらわすのは難しい。ピッタリなものが見つからないのでいろいろ探した挙句、言葉は要らないなと思ったりする。

 

でも、仮名序を読んだとき、ハッとさせられた。

ほんとうに、人の心を言い表す言葉は無いのかしら。

現代に言葉は溢れているけれど、もしかすると、溢れてきたのは別の言葉なんじゃないかしら。

言葉と言葉の合間に浮かんでくる、そんな思いを伝えられるといいのに。

 

ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬおにかみをもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきものゝふのこゝろをもなぐさむるはうたなり。

 

(力を入れないで天や地を動かし、目に見えない霊魂をもしみじみとさせ、男と女の仲をも和らげ、猛者の心も慰めるのが歌なのだ。)

 

 

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冒険王(南佳孝)

まだまだ暑い十月。

夏の名残が消えないけれど、稲穂はちゃんと頭を垂れて風に揺れている。

秋なのかな…と思ったら、南佳孝の『冒険王』が聴きたくなる。

1984年にリリースされたアルバム。

 

今日は、少し遠くまで車を運転した。

一年に五回ほど通るその農道が、私は好き。

山と、田圃と、川と、空しかない。

緑と、金色と、青と白の景色の中をゆらゆら走る。

 

   柔らかなシャドウ 瞳閉じれば

   あの頃のままの君が首をかしげる

 

運転席の窓を開けて、少し風を入れてみる。

なんだか、最近、忙しくて困る。

おかしくないかな、こんなに時間ばかり数えて一日が終わるなんて。

楽になれる工夫をしなきゃ、体だけじゃなく心もカチカチになってしまう。

 

   君を愛してる わかるだろう

   もしも帰れなくても 泣かないでくれよ

 

めんどくさいものをすべて放り出してしまいたいね。

少しずつ、少しずつ。

身軽になって、いつか、空に帰れるように。

 

 

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Blue (Joni Mitchell)

朝が少し涼しくなった。

もう九月の中旬で、今年も残り四ヶ月も無い。

歳が増えると、気持ちと体がなかなか比例しない。

集中力が落ちたり、気力が湧かなかったりする時がある。

 

娘の話に返事をしたのに、覚えていなくて叱られる。

「お母さん、聞こうとしないからよ。意識の問題よ」

なんて、半分苛立ちと半分心配なのだろう。

でもね…

それが少し違うのよ。

言葉では説明出来ない、自分ではどうしようもないことがある。

 

母がそんなことを言ってたなと、思い出す。

病名が付くほどじゃないんだけど、治療しても治らない痛み。

時間がお薬と言われる不調。

悪気は無いんだけど、サッサと動かないからだ。

眼鏡をかけなきゃ、すぐに見えない文字や写真。

 

連休明け。

秋を感じたら、ジョニ・ミッチェルのアルバムを出す。

澄んだギターと伸びやかな歌声は、滔々と流れる川や、ゆったりと浮かぶ雲、冷んやりとからだを触る風に似ている。

気持ちが広がって、呼吸が深くなる。

肌を磨いて、足の爪を秋色に塗る。

 

もうすぐ私の誕生日。そして、母の命日。

残りの人生を数えながら、まだまだ好きなことを探さなきゃ。

 

 

  

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色づいた果実(西城秀樹)

前回の記事で、琴の話を書いたとき、それを習っていた部屋を思い出した。

其処は父の部屋で、趣味のオーディオとレコードと本が綺麗に並べられていた。

オーディオは良い物らしく、私は触らせてもらえなかった。


それでも、父は、私が大好きだった西城秀樹のレコードを買ってきてくれて聴かせてくれた。

懐かしい45回転。何枚あったかな。


当時のシングルレコードには、A面にヒット曲、B面にはあまり聴いたことのない曲が収録されていた。

そのB面を聴くのが、楽しみだった。


そうそう。

中でも一つ、とても気に入った曲があって、父が仕事に行っている間に自分でレコードをセットして聴いていたっけ。

あの曲は何だったかな…。

と、YouTubeで検索するとすぐに見つかった。

『色づいた果実』という曲で、『愛の十字架』のB面。


絶叫タイプの激しい曲が多かった中で、この曲は力を抜いて語りかけるような歌詞とメロディー、歌い方が好ましかった。


一人で聴いていると、母が入ってきて

「あ、広島のおにーさんだ」

と、笑っていたことも思い出す。


   ふたりで燃やした今日の夕焼けに 

   溺れてみるかい 秋だから…


昔好きだったアイドルは、闘病生活を経て早々に天国へ行ってしまった。

人は儚い。

『色づいた果実』をお気に入りにセットして、これからまた聴くことにしよう。



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簪(桑田佳祐)

世の中を憂うほど才知は無いけれど、たまに、疲れたなぁって時がある。

からだなのか、きもちなのか、ちょっと休みたいなぁって宙を見る。

「出来ることしか出来ない」

で、通らないことが多い。

どこで線引きするのか、どこまで折衝するのか。

突っぱねたいときに、ニコニコと受け入れてしまう。

困った性格。

 

桑田佳祐のラジオ番組『やさしい夜遊び』に、生歌コーナーがある。

なんて、知ったように書いているけれど、うちには電波が届かない。

radikoも試してみたけど、聴こえない。

で、偶にYouTubeに出ているのを聴く。

 

今回は『簪』を見つけた。

 

   情に流され溺れてばかりじゃ この世に生まれた甲斐もない… 

 

それは恋の歌だろうけど、なんだか優柔不断な自分の胸に突き刺さる。

 

 

今日は大好きなお店に行こう。

心のこもった美味しいお昼ごはんを食べよう。

ゆっくりと、あたたかい珈琲を飲もう。

 

きっと、すぐ元気になるはず。

 

 

 

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元気を出して(Lisa Halim feat. Micro from DefTech)

三日後に海外旅行へ発つ娘が、大きなスーツケースに少しずつ荷物を入れている。

ふと、スマホを出して、

「これ、カバーなんだけどとてもいい曲」

と、聴かせてくれる。

Lisa Halim と、デフテックMicroの、優しい波のような歌。

 

   涙など見せない強気なあなたを…

 

ああ、この曲。オリジナルは竹内まりやの『元気を出して』だね。

 

娘の海外旅行は、もう何度目だろう。私自身が海外に出かけないので、何度目でも慣れなくて、一人で心配になる。

今回もかなり遠い国へ行くので、出発して帰国するまでずっと心配し続けると思う。

彼女には彼女の人生があって、元気で好きなように生きてくれたらいいのだけれど。

 

   チャンスは何度でも訪れてくれるはず

   彼だけが男じゃないことに気づいて…

 

そんなフレーズがちょっと気になって、爪を塗っている背中を見る。

恋は決して楽しいだけじゃないけど、そろそろ新しい人が現れるといいね。

恋だけが幸せになる方法じゃないけど、手を取り合う人がいてもいいね。

 

どんな貴女も笑ってくれる。

この夏は、そんな人に出逢えますよう。

 

 


元気を出して / Lisa Halim feat. Micro Def Tech

 

 

 

歩いて帰ろう(斉藤和義)

今年度は、なんだか仕事時間が増えている。

それに合わせて、生活時間が不規則になっている。

そして朝起きて夜寝るまで、時計ばかり見て、時間の計算ばかりしている。

 

空いた時間に美容院へ行き、帰りに寄り道をした。

懐かしい大学構内を日傘をさしてユラユラ歩く。

暑い日差しの中、遠い山並みも近くの銀杏の緑もゆったりと風に揺れる。

 

斉藤和義の『歩いて帰ろう』を思い出す。

   急ぐ人にあやつられ 右も左も同じ顔

   寄り道なんかしてたら置いてかれるよ すぐに…

 

この曲は、1994年『ポンキッキーズ』のオープニング曲でヒットした。

でも、当時自分の思う音楽活動が出来ず悶々とした気持ちを歌詞に書いたと、何かで読んだことがある。

 

Twitter一年目で、アカウントを削除した。

心優しいフォロワーさん達に恵まれて楽しかったのだけど、やはり、私には彼処は急がし過ぎた。クルクル回る情報に、クルクル目が回る。

田舎のネズミが、Twitterという都会に出てみたけれど、田舎が恋しくなったような気持ち。

削除して、なんだかホッとした。

 

   急ぐ街を見下ろして のんびり雲が泳いでく…

 

仕事もプライベートも、自分の思うように出来なくて当たり前なのかもしれない。

でも、急ぐ人にあやつられるのは嫌だな。

 

たまには、のんびり歩いて帰るのもいいね。

 

 

 

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