「こうやって着物を用意したのは、私達の年代までですよね」
同世代と思われる着物買取店の奥さんが、そう話しながら手際良くたとう紙を開いていく。
訪問着、黒紋付、色無地、帯や小物を合わせて四十点ほどを持ち込んだ。
「きっと、中を開いてらっしゃらないと思うのですが」
その通りで、結婚して一度も着ていないものが殆ど。恥ずかしいことに着物の畳み方も知らない。
三分の一は買取、三分の一は材料に、残りはカビとシミで廃棄になった。
すべて母が用意してくれたもの。自分で捨てるよりずっとありがたい。お礼を言って、軽くなった車を運転して家路に着く。
今日は澄み渡る秋晴れの空。空っぽになった和箪笥の引出しを抜いて、一つひとつアルコールを含ませた布で拭き、お陽さまの光に当てる。
作り付けの箪笥の半分が和装用と言うのも、時代を物語る。
作業が終わったら、ひとつだけ、残した着物を徐ろに取り出した。私の成人式のとき、母が知らない間に作っていた振袖だ。
「真っ白な縮緬に、手描きの花を注文んだの。あんた、これは世界にひとつの振袖よ」
二十歳の頃は、振袖なんて要らなかった。しかも、ピンク色だなんて。
好きなこと、将来の夢、付き合う相手、日々の生活にも過干渉な母に、当時は無言で反抗していた。成人式が近いのに髪を切って叱られた。
母が予約した昔ながらの美容院で時代遅れの髪飾りを付けてもらい浮かない顔の自分の写真は何処にいったのか、今、一枚も見当たらない。
その振袖をどうしても手離せなくて、何十年も経て傷んだたとう紙の紐をほどく。
意外にも、素人の自分の目で見る限り鮮やかな色合いも手触りも変わっていない。これが私の持っている和服の中で一番古いはずなのに、こんなに綺麗に残っていたなんて。
出窓に置いた写真の母を、じっと見つめる。
笑っているけど声は聞こえない。
今日はこれをクリーニングに持って行こう。汚れを取ってもらって大切に、私が死ぬまで持っておこう。誰が着てくれなくても、誰の物でも、これが唯一の母の形見だ。