散歩の途中に買った本をテーブルに置く。
「いいなあ、毎日楽しいでしょ」
娘に訊かれると、仕事してない自分が何だか後ろめたくて
「いや、そうでもないよ」
なんて応えてしまう。
楽しいかどうかはわからないけど、確かに気楽になった。時計ばかり見なくなった。お天気と洗濯物の相性を気にしたり、日々の献立をあれこれ思い浮かべたり。
そんなわけで、読む本も「食」に関わるものが増えた。沢村貞子、向田邦子、高山なおみ、本田明子、栗原はるみ…。
沢村貞子の『わたしの献立日記』は、著者が昭和41年から26年間、大学ノート36冊に記した献立と、日々の随筆。
ある日の献立は、鯛のあら煮、なすのはさみ揚げ、貝柱、きゅうりのごま酢、豆腐の味噌汁。
品数も多いし、どのメニューにも一工夫がある。天ぷら、五目ずし、柳川鍋、鶏雑炊、シチュー、すき焼き、五色なます、さやのおひたし、ひらめのバタ焼き…
女優業をしながら毎日これだけの料理を作るのは並大抵ではない。彼女の愛情深さと健気さ、知恵と工夫、慎ましさと一本気。随筆の一つひとつの言葉にも味わいがあり、気立ての良さが伺われる。変わらず続けられたのは、きっと、好きな人に食べてもらえる喜びが源にあるからだろう。
毎日の献立を考えるのもたいへん。準備するのもたいへん。料理もたいへん。そんなことばかり考えてる自分が恥ずかしくなる。
「すぐ否定しなくて良いのよ。私はお母さんが楽しいと言うのが嬉しいんだから」
娘に笑われる。
そろそろ何か始めてみようか。
沢村貞子さんみたいに献立日記をつけてみようかな。ノートを探して、今日の夕飯を書いてみる。大したメニューじゃないのに、文字にするとなかなか美味しそう。
いつまで続くかわからないけど、ちょっとだけ楽しくなってきた。