not too late

音楽と本と映画と日々⑅︎◡̈︎*

いつも旅のなか (角田光代)

お酒を飲まない私に、お酒を飲む人達は

「あなたは人生損してるよ」

と言う。

果物が苦手な私に、果物が大好物な人達は

「あなたは人生損してるよ」

と言う。

お酒を飲んでいる人達は楽しそうだし、果物を頬張る人達は幸せそうだけど、取り立ててそれが欲しいと思わない私は、そうなのかなぁと思う。

 

でも、飛行機に乗れない私だけは、もう、自分で自分に

「あなたは人生損してるよ」

と言いたい。

 

旅は大好き。

芭蕉のように、片雲の風に誘はれて漂白の思ひやまず。

奥田民生のように、さすらいもしないでこのまま死なねーぞと心に秘める。

だから、角田光代のように『いつも旅のなか』に飛び込める人が羨ましくて仕方ない。

 

せめて、この本で旅をする。

スウェーデンフィンランドやロシアの空気を想像して、イタリア、マレーシア、ベトナム、台湾、キューバアイルランド…頬を触る風や埃、人の声や顔を思い浮かべてみる。

 

角田さんはバックパッカーで、旅程を決めない。歩いたり見たり食べたり感じたりしながら考える。

そして、ハッと「わかる」。

旅の経験は心をどんどん大きくする。

 

私はバックパッカーにはなれないし、一人旅はちょっとさみしい。

今はコロナウイルスでどこでも行けないけれど、それでもまたいつか旅立てるかな。

とりあえず、飛行機恐怖症をなんとかしなくては。

 

 

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娘心にブルースを (原由子)

『娘心にブルースを』を思い出させてくれた方があり、再読。
再々読だっけかな。笑

 

著者は言わずと知れたサザンオールスターズのメンバーであり、桑田佳祐の奥さん。

 

そんな彼女が1998年の四十一歳の時に書いたエッセイ。

"天婦羅屋の娘"から"生まれ変わったら"まで、嬉しいことも失敗もせつなさも迷いも、原坊がすぐそこでお喋りしてくれているように綴られている。

 

彼女は、私にとってwinnerの象徴。

好きな人と結ばれて、好きな仕事をして、それが成功している。

でも、原坊がいつもニコニコしているのは、そんな恵まれた人生だからじゃなくて、生来持っている天使みたいな性格に拠る気がする。

だから、憧れとか、やっかみとか、そんな感情を擦りもしない逸脱した存在なのだ。

 

先日、桑田さんがラジオでゲストの原坊を紹介するとき

"サザンオールスターズの守護神"

と呼んでいた。

あー、まさにそれなんだろうと誰もが納得できる。

 

もっと前、桑田さんがライブに行きたくない朝、原坊があの笑顔で

「みんな待ってるよ」

と声をかけてくれて、立ち上がれたそうだ。

 

いいな、いいな、そんな女性になりたいな。

ちょっとだけ自分を反省できるエッセイ。

 

恋するのなら瞳で語れるような…

そうか、winnerは、そんな女性に愛されてる桑田さんなんだね。

 

 

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フランス日記 (高山なおみ)

何年前だったか。

雑誌で初めて見つけた高山なおみさんの料理は、素材の色も味もそのまま生かされていてとても気に入った。

使われている器がまた好みで、著書を探した。

レシピだけでなく、エッセイを織り交ぜた『日々ごはん』には、飾らない日常が綴られている。

 

『フランス日記』は、その日々ごはんの特別編で、高山さんが初めて訪れたフランスの滞在日記。

フランスの食文化や人々の暮らし一つひとつに驚いたり感心したり疲れたり。

眠ったり食べたり喋ったり歩いたり。

食べるって生きること、生きるって五感を動かすこと。

そんないきいきとした風景や食材の様子を読んでいたら、なんだか自分もフランスを旅しているような感覚になってくる。

 

私は飛行機が苦手で、もう死ぬまで海外には行かないつもりでいる。

でも、フランスには何か特別な思いがあって、この本を開くたび、今の騒動が終わったらちょっと勇気を出してみようかしらと考えてしまう。

 

パワーを失いそうな時、本棚から出しては開く一冊。

よし、今日もまたがんばろう。

 

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わたしの三面鏡 (沢村貞子)

世の中がザワザワと落ち着かない。

それはそうだ、生命に関わるたいへんな状況がジワジワと、そして急激に私たちに降りかかっているのだから。

じっと息を潜めているけれど、それでも私達は何にも関わらず生きることは出来ない。

家族、友達、ご近所、仕事、お世話になっている方達、皆んなと連絡を取り合う。

 

情報もたくさん、雪崩のように、渦潮のように、降りかかる。

いろいろな噂、それぞれの説、次々と変化する策、悲しいニュース、心安らぐ画像…

惑わされないように、落ち着いていたいね。

 

そんな中で、やはり、音楽と本は優しい。

空と、植物と、鳥の鳴き声、花の色にも気持ちが落ち着く。

 

ここ二日ほど、沢村貞子さんの『わたしの三面鏡』を再読していた。

七十を過ぎ、女優として、女として、人としての素直な心持ちを書いてある。

シワが増えて、体の動きが鈍って、アタマも緩くなって。

それに対抗したり受け入れたりしながら、人は最期を迎える。

 

「老女の甘ったれには、なりたくない」

 

老いは寂しいのだって、そう、父もいつも、どこにいても寂しいと漏らしていた。

私もいつか、そんな実感を持つ時が来るのだろう。

その時、甘ったれにならないよう気をつけたい。

 

生きていればいろんな経験をするね。

皆さまも、どうぞ無事でありますよう。

 

 

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Hidden Figures(邦題『ドリーム』)

 

年が明けたとき、自分の今年の抱負を

「背中を伸ばして前を向く」

に決めた。

ことを、この映画を観て思い出した。

 

『Hidden Figures』は、邦題『ドリーム』として2017年に公開されている。

舞台は1962年のアメリカ。

初の有人宇宙飛行を成功させるため、NASAでその計算能力を活かし、素晴らしい貢献をした黒人女性達の実話を基にしたストーリー。

 

人種差別は、今も根深く残っている問題だけど、当時は酷いものだったと改めてわかる。

そんな劣悪な環境の中でも、彼女たちは自分の在り方をしっかり心得ながら、一つひとつ自己実現していく。

立ちはだかる障壁に闇雲に反発するのではなく、自分に誇りを持ち胸を張って突破する。

時には怒り、時には悩み、時には笑って愛し合って慈しむ。

かっこいいんだよね。

 

私には彼女たちのような秀逸な才能も無いし、誇れる要素も無い。

だけど、彼女たちのスッと伸びた背中に見惚れながら、コンプレックスや弱さを放し飼いにしていたことを反省した。

柔らかく柔らかく、背中に一本筋を通して前を向いていられたら。

本年度が始まるときに、この映画を観たのも何かの由縁。

さぁ、胸張っていこう。

 

 

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日日是好日

原作を読んだので、映画も観た。

気に入った作品を、本と映画の両方で楽しめるのは嬉しい。

それにしても、文字を映像にするのは楽しくもあり難しくもあるのだろうと感じる。

この映画にオファーされた樹木希林さんは、

「とてもたいへんな作品を選んだわね」

というようなお返事をしたと聞く。

 

一人の女性がお茶を習い、そのお稽古から様々なことを学ぶ。

その様々なことは、茶道の所作だけではない。

掛け軸、茶器、着物、水、雨、音、光、空気…

それらを映像にするのは、なかなかたいへんだろうと思う。

 

それでも、本からも映画からも、感じ学べるものは同じ。

雨の日は雨を聞く。

私は此処に尽きるような気がする。

 

人生は、誰も思うようにはならない。

泣きたいときは泣いて、苦しいときは休んで、休めないときは苦しんで、空を見上げて、風を感じて、花を見つめて、人を想って。

雨の日には雨を聞く。

 

個人的には、先生が縁側でコーヒーを淹れる場面が好き。

先生にだって、心の中に仕舞っていることがあるのだものね。

 

 

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レコードと暮らし(田口史人)

二年前の春、父が逝去して実家を片付けた。

父の持ち物の大半は、本とオーディオとレコードだった。

それぞれをそれぞれの買取り店に持ち込んだ。

 

レコードは全部で200枚くらいあったと思う。その時、初めて中古盤専門店へ足を踏み入れた。

店の中は、迷路のような細い通路があり、棚にはレコードとCDが床から天井までぎっしり。

見れば見るほど興味深く、買取り査定してもらう間ずーっと棚から目が離せなかった。

 

田口史人さんの『レコードと暮らし』という本には、戦後から数十年間の、音楽だけじゃないレコードがたくさん紹介されている。

当時は、レコードが書籍の役割を持っていたり、記念品だったり、配布品だったり、商品の広告だったり、教材だったりしていた。

漫画家や文学者のレコードも多く、三島由紀夫のものや川端康成のもの…聞いてみたくなるものがいろいろ見つかる。

 

それから、ソノシート

ソノシート?と疑問に思って調べてみると、あった、あった。

ペラペラの透けている小さなレコード。そして、フォノカード。

なんだか懐かしくなって、子どもの頃を思い出す。

 

そんなレコード達から、著者はいろんな場面を想像する。

それを制作した人達の気持ちや、それを買ったり聴いたりした人達の暮らしを慮る。

 

今は、何でもネットで調べれば正解らしきものが見つかる。

でも、果たして、そのすべてに正解が必要なのだろうか。

物に対する親しみや、物にありったけの気持ちを込めるという姿勢。

正解を探すより、自分で親しみ感じること。

それが楽しいのだろう。

中古盤専門店で、レコードに囲まれたとき感じたあのあたたかさや高揚感は、こういうことだったかもしれない。

 

 

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