確かに、愛しすぎると苦しみに追いかけられるようになる。
と、この本を読みながら改めて思った。
相手を好きになればなるほど、その人のすべてを知りたくなる。そして、自分だけのものにしたくなるからだ。
自分のものって、何だろう。そんなことは100%不可能なのに。
森瑶子さんの解説がまた良い。
始まりは肉体である。そしてなりゆきは心である。などという発想を、ふしだらと決めつける人間は、現在でもかなりの大多数なのではないかと思う。
始まりは肉体とは言え、誰とでも始まるのではない。出会いがたとえ十秒間だとしても、相手を見極めているのだ。
解説にあるように、さんざん遊びまわったあげく、結婚となれば高学歴高収入高身長のイケメンを選ぶ女のほうがよほどふしだらだと、私も思う。
「肉体の結びつきは恋や愛じゃなく信頼だ」
という言葉がある。
恋や愛じゃないなら、自分は愛されていないのかしらと不安になるかもしれない。
でも、歳を重ねてその意味がわかった気がする。
快楽は、小さな小さな思い遣りの連続の中で生まれる。それが積み重なって大きな悦楽となり、相手への慈しみに帰する。
この小説を見つけたのは、今年の七月。性愛への興味だけが先行している頃に読まなくてよかった。
言葉がいい。飾られていない美しさ。作られていない作品。
山田詠美さんが誰よりも心の純粋な人だという意見に、私も賛同したい。