not too late

音楽と本と映画と日々⑅︎◡̈︎*

レコードと暮らし(田口史人)

二年前の春、父が逝去して実家を片付けた。

父の持ち物の大半は、本とオーディオとレコードだった。

それぞれをそれぞれの買取り店に持ち込んだ。

 

レコードは全部で200枚くらいあったと思う。その時、初めて中古盤専門店へ足を踏み入れた。

店の中は、迷路のような細い通路があり、棚にはレコードとCDが床から天井までぎっしり。

見れば見るほど興味深く、買取り査定してもらう間ずーっと棚から目が離せなかった。

 

田口史人さんの『レコードと暮らし』という本には、戦後から数十年間の、音楽だけじゃないレコードがたくさん紹介されている。

当時は、レコードが書籍の役割を持っていたり、記念品だったり、配布品だったり、商品の広告だったり、教材だったりしていた。

漫画家や文学者のレコードも多く、三島由紀夫のものや川端康成のもの…聞いてみたくなるものがいろいろ見つかる。

 

それから、ソノシート

ソノシート?と疑問に思って調べてみると、あった、あった。

ペラペラの透けている小さなレコード。そして、フォノカード。

なんだか懐かしくなって、子どもの頃を思い出す。

 

そんなレコード達から、著者はいろんな場面を想像する。

それを制作した人達の気持ちや、それを買ったり聴いたりした人達の暮らしを慮る。

 

今は、何でもネットで調べれば正解らしきものが見つかる。

でも、果たして、そのすべてに正解が必要なのだろうか。

物に対する親しみや、物にありったけの気持ちを込めるという姿勢。

正解を探すより、自分で親しみ感じること。

それが楽しいのだろう。

中古盤専門店で、レコードに囲まれたとき感じたあのあたたかさや高揚感は、こういうことだったかもしれない。

 

 

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よるのむこう(nakaban)

子どもの頃は、とても寝付きが悪かった。

二段ベッドの上が私で下が祖母。小さなアパートの二階。階下は母の小料理屋。

夜中までずっと、賑やかな笑い声と歌声。

祖母が電気を消して、一時間…二時間…真っ暗な天井を見つめていた。

夜の闇が怖くなって祖母を起こす。今思えば可哀想に、祖母も寝不足になっていたのだろう。

 

小学校の修学旅行で大広間に布団を並べて寝た。一人、二人…寝息が増えていく。

三時間経っても四時間経っても眠れず、あんまり心細くて

「誰か起きてるひと」

と声を出してみたら、返事が無かった。

 

年の瀬も近づいた一昨日、好きな本屋に行った。

いろいろな本を手に取っては開き、また棚に戻す。

だけど、『よるのむこう』という絵本は、何度も何度も開きたくなる。

nakabanさんの絵に吸い込まれる。

夜の向こうに何があるのか知りたくなる。

あんなに苦手だった夜の向こうに。

ああ、そうそう、こんな気持ち分かる。

こんなものが見えていたんだ、と思い出す。

 

そうして

よるのむこうに、何があるか、わかった。

 

素敵な絵本。夜になるたび、ベッドで開く。

今日は大晦。

また、よるのむこうを開いて夜に溶けてしまおう。

もう、夜は怖くないね。

 

 

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I WILL 69 YOU (南佳孝)

あれは何年前だったかしら。いや、何十年前だったのか。

自分が暮らす小さな街の小さなホールで、南佳孝さんのライブがあった。

当時19歳くらいだった私は、南佳孝さんをきっかけに付き合い始めた人と観に行った。

好きな曲もたくさん聴けて、もっともっと楽しみたいのに周りの観客が最後まで座って動かず不完全燃焼で終わったことを思い出す。

 

今年12月17日。南佳孝さんのライブ「I WILL 69 YOU」に出かけた。

佳孝さん69歳なのだって、ますます魅力的に見えた。

ゲストも豪華で、メンバーもとても豪華。

ゆっくりと、あたたかく、穏やかで楽しいライブだった。

 

あー、初めて行ったあのライブの時は、まだ子どもだったんだなぁと思う。楽しみ方を知らなかったんだ。

 

新しい曲と懐かしい曲。

ファンだとか、そんな意識は持っていなかったけれど、ぜんぶ歌える。

19歳からずっと聴いてきたんだということが、改めてよくわかった。

 

思い切ってチケットを取って良かった。

遠い遠い六本木まで行って良かった。

良いライブでした。

ありがとうございました。

 

 

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日日是好日(森下典子)

最近、めっきり忘れ物が増えた。

ここ一月半ほど、いつもと違う生活をしているので余計かもしれない。

どんなに確認しても、見直しても、落ち着いてみても、一日に必ず一つ忘れ物をする。

気をつければ気をつけるほど、ああまた忘れたと落ち込む。

落ち込んでいると、娘に

「お母さん、次のことばかり考えてるでしょ」

と、言われてハッとする。

そうだ。何かをやりながら、これが終わったらあれをしようと考えている。あれをやっていたら、それも目に入ってそれをして、あれを途中止めしていたことに気づく。

あれこれそれ、あれこれそれ、とくるくる回っている。

 

そんな合間に、友人が一冊の文庫本を薦めてくれた。

森下典子さんの『日日是好日』。

とても面白くて一日で読めたよと聞いて、借りて帰った。

 

著者がお茶を習い始めて、長い年月の中で得たもの。得ようと思わず得ていたこと。

一期一会ということ。

今を味わうということ。

雨の日は雨を聴くこと。

本物の自由。沈黙の熱さ。学び。気付き。育てるということ。

 

なるほどなぁ…

読みながら、

「少し立ち止まってみれば?」

と、そっと声をかけられたような気がした。

なかなか落ち着けないけれど、この本に出合ったことも一期一会。

生きるって、濃いね。

 

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古今和歌集仮名序(紀貫之)

先日久しぶりに、古今和歌集の仮名序を読む機会があった。

 

やまとうたは、人のこゝろをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。

 

(和歌は、人の心をもとにして、たくさんの言葉になったものである。)

 

よの中にあるひとことわざしげきものなれば、心におもふ事を、みるものきくものにつけていひいだせるなり。

 

(この世の中に生きている人は出来事が多いものだから、心に思うことを、見るもの聞くものに託して言い表しているのである。)

 

はなになくうぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける。

 

(花に鳴く鶯や、水に住む蛙の声を聞いたら、生きているものすべてに歌を読みたくなるだろう。)

 

先日、「せつないとか恋しいとか悔しいとか…そんな複雑な感情って言葉に出来ない」という記事を読んだ。

ほんとうに、自分の気持ちを言葉であらわすのは難しい。ピッタリなものが見つからないのでいろいろ探した挙句、言葉は要らないなと思ったりする。

 

でも、仮名序を読んだとき、ハッとさせられた。

ほんとうに、人の心を言い表す言葉は無いのかしら。

現代に言葉は溢れているけれど、もしかすると、溢れてきたのは別の言葉なんじゃないかしら。

言葉と言葉の合間に浮かんでくる、そんな思いを伝えられるといいのに。

 

ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬおにかみをもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきものゝふのこゝろをもなぐさむるはうたなり。

 

(力を入れないで天や地を動かし、目に見えない霊魂をもしみじみとさせ、男と女の仲をも和らげ、猛者の心も慰めるのが歌なのだ。)

 

 

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冒険王(南佳孝)

まだまだ暑い十月。

夏の名残が消えないけれど、稲穂はちゃんと頭を垂れて風に揺れている。

秋なのかな…と思ったら、南佳孝の『冒険王』が聴きたくなる。

1984年にリリースされたアルバム。

 

今日は、少し遠くまで車を運転した。

一年に五回ほど通るその農道が、私は好き。

山と、田圃と、川と、空しかない。

緑と、金色と、青と白の景色の中をゆらゆら走る。

 

   柔らかなシャドウ 瞳閉じれば

   あの頃のままの君が首をかしげる

 

運転席の窓を開けて、少し風を入れてみる。

なんだか、最近、忙しくて困る。

おかしくないかな、こんなに時間ばかり数えて一日が終わるなんて。

楽になれる工夫をしなきゃ、体だけじゃなく心もカチカチになってしまう。

 

   君を愛してる わかるだろう

   もしも帰れなくても 泣かないでくれよ

 

めんどくさいものをすべて放り出してしまいたいね。

少しずつ、少しずつ。

身軽になって、いつか、空に帰れるように。

 

 

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Blue (Joni Mitchell)

朝が少し涼しくなった。

もう九月の中旬で、今年も残り四ヶ月も無い。

歳が増えると、気持ちと体がなかなか比例しない。

集中力が落ちたり、気力が湧かなかったりする時がある。

 

娘の話に返事をしたのに、覚えていなくて叱られる。

「お母さん、聞こうとしないからよ。意識の問題よ」

なんて、半分苛立ちと半分心配なのだろう。

でもね…

それが少し違うのよ。

言葉では説明出来ない、自分ではどうしようもないことがある。

 

母がそんなことを言ってたなと、思い出す。

病名が付くほどじゃないんだけど、治療しても治らない痛み。

時間がお薬と言われる不調。

悪気は無いんだけど、サッサと動かないからだ。

眼鏡をかけなきゃ、すぐに見えない文字や写真。

 

連休明け。

秋を感じたら、ジョニ・ミッチェルのアルバムを出す。

澄んだギターと伸びやかな歌声は、滔々と流れる川や、ゆったりと浮かぶ雲、冷んやりとからだを触る風に似ている。

気持ちが広がって、呼吸が深くなる。

肌を磨いて、足の爪を秋色に塗る。

 

もうすぐ私の誕生日。そして、母の命日。

残りの人生を数えながら、まだまだ好きなことを探さなきゃ。

 

 

  

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